軍・産・官複合国家

 自由と民主々義の国アメリカ、それはまた最も自由な資本主義の国でもあります。この国では誰もが均等に市場に参入することができ、その市場では自由に民主的に勝ち負けが決まっていく結果となります。こう申し上げるのも、実はアダム・スミスが想定したような"神の見えざる手"に委ねていくとその行く末には強者と弱者の二極分化がもたらされ、20世紀の初めから各国は市場原理に何らかの修正を施さざるを得なかったからです。それは一方で夜警国家から福祉国家への資本主義の修正モデルとして出現し、もう一方では国家管理をより強化した国家社会主義的資本主義を生み出していきます。民主々義に不可欠な基本的人権に対する制限の度合いという点からみると、比較的緩かな前者が英仏型、より強権的な後者が日独型と区分することができると思います。そして私的所有権を根本的に否定したのが社会主義国であり、それがソ連型モデルだったと考えられます。

 このように単純化すると大学の先生などからはお叱りを受けそうですが、旧世界の資本主義を成立させた要因に(人=労働力を含む)資源・エネルギー(石炭と石油)が不可欠であったこと、その確保に植民地の存在が重要であったことを考えると、以上のような単純な図式も成立するのではないかと思われます。こうした視点でアメリカをみていくと、先ず基本的な資源・エネルギーを国内で賄えたこと、また広大な国土が存在したことの2つの点で旧世界の国々とは異質だったと申し上げられます。さらに、二度にわたる世界大戦においても直接の損害を受けるどころか、戦争という最大の消費により自国の産業が恩恵を被った唯一の国だったと位置付けられます。その結果この国では資本の蓄積が高度に進展し、大富豪や大財閥が形成されるとともに、自由な資本主義の原理が温存されたと考えてよいのではないでしょうか。他民族を受け入れて来たこの国の形は、従って既存の大財閥と連なる少数の大富豪と、弱肉強食の結果としての圧倒的多数の貧者から成る世界最大の格差社会であると規定されます。

 第二次大戦はこの国が初めて直面した本格的な戦争だったのであり、没落する英仏に変わってこの戦争を勝利に導くことが国家目的に浮上した際必要とされたのは、複雑な兵器を作り出すための「軍産複合体」だったのです。さらに電子工学や原子力までが兵器となった時、大学もまた民主々義を救う戦争に協力する体制を取っていくことになったのです。その象徴が軍・産・官・学の連携によって進められたマンハッタン計画であり、当時22億ドル(7,900億円)の資金(日本の一般会計は1945年で220億円)と12万人の人員(うち科学技術者5万人)が費やされたのでした。第二次大戦の終了後に訪れた東西冷戦構造は、この「複合体」をさらに肥大させ、ダウケミカル・デュポン・ロッキード・ダグラスなどの巨大軍需産業を成立させていったのです。

 この複合体の中核に位置するのが「国防総省(ペンタゴン)」と「中央情報局(CIA)」であり、これらは第二次大戦後の1947年に成立した「国家安全保障法」によって発足したのです。これにより、それまで独立の機関であった陸・海・空軍と海兵隊が一元的にコントロールされ、CIAも大統領に直属することで、軍産官複合体は中央集権的な組織としてアメリカ社会における基盤を形成したと申し上げられます。つまり、ペンタゴンから一括して執行される膨大な軍需予算が2万2,000に上る契約会社に発注され、その下に無数の下請け・孫請けが存在し、それらと取り引きする多国籍銀行団・大学研究所・シンクタンクなどが連なり、何百何千万もの労働者・科学者・研究者・政治家・軍人・ロビイストたちがネットワークを形成しているわけです。冷戦終結後もその予算が削減されることがなかったのは湾岸戦争の賜であり、9・11以後アフガニスタン・イラクへ侵攻するペンタゴンの予算は2006年で5,000億ドルと冷戦時の最盛期を上回り、世界全体の軍事費の50%以上を占める超軍事帝国が誕生したといってもよいのです。この巨大な軍需産業複合体に貫徹する意思は何か、それが自由な資本の論理だとすると、アメリカという国はこの組織を維持するため、常に戦争の口実を捜さなければならなくなっているということになります。

 「いや、自由な民主々義国アメリカでは世論がそれを許さないだろう」、と仰る向きもあるかも知れません。確かにこの国は独裁国家ではなく報道も自由になされているのですが、問題は自由と民主々義の実態です。資本の自由度が旧世界の国々と比べて高かったため、大富豪や大財閥が形成されたと申し上げましたが、それらの巨大な資産は金融市場を経由する形でアメリカ経済を動かしているのです。従って巨大企業はもちろん一般の企業も含めて、自由な市場の中で大財閥とつながっており、そのネットワークはアメリカ社会の隅々まで張り巡らされているといってもよいでしょう。さらにアメリカの株式の40%が年金基金で占められていることは、個人の意思決定にも市場の論理が貫徹していることを示しています。このような構造の中に軍産官複合体が存在し、寡占化した巨大メディア(全米のメディアはわずか5社のコングロマリットから成る)が位置していたら、世論は限りなく資本の論理に近いものとなっていくのではないでしょうか。

 「でも、戦争で死んだり傷付いたりする国民が反対するのではないか」という疑問には、一般国民からはそうした声は上がらないのだとお答えするしかありません。何故なら、ベトナム戦争後の1973年に、アメリカでは徴兵制が廃止され志願兵制になっているからです。先程世界最大の格差社会と申し上げましたが、現在のアメリカ社会は5%の富裕層に60%の富が集中する一方、福祉や医療を削限された貧困状態の国民が圧倒的に多いとされています。こうした状況で白人富裕層が自らの子弟を戦場に志願させることはあり得ず、今アメリカ軍の前線は種々の特典を目当てに志願してきた、黒人系・ヒスパニック系や白人の低所得層から構成されているといえます。ですから"強いアメリカ"を讃美して戦争を支持しているのは、戦地に行かない白人たち、身内に犠牲者を出さない国民となっているのです。

 「国民は自由に政治家や政府を選ぶことができる。その政治家は国(国民)のために重要な情報は管理し表に出さない、統制するわけでもなく報道機関がそのように動く。そして、その限られた情報を通して国民は"自由に"考え、政治家や政府を選択する。しかも管理した情報が不要意に発覚すれば、自由に批判する権利もある」
というアメリカの自由と民主々義を、斉藤悦雄氏はホッブズの「リヴァイアサン」とそれを背後で操る「ビヒモス」になぞらえているのです。

【参考文献】
「近代日本総合年表」第一版(岩波書店)
武者小路・姜・川勝・榊原「新しい『日本のかたち』」(藤原書店)
オープンコンテントの百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
保坂正康「昭和史七つの謎」(講談社文庫)
歴史ぱびりよん 概説・太平洋戦争 終戦工作その1 マスコミが隠してきた日本の真実を暴露するまとめサイト GHQの占領政策と影響
吉本隆明「現在はどこにあるか」(新潮社)
関東学院大学 自然人間社会
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有馬哲夫『CIAと戦後日本(平凡社新書)
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