皆さんお元気ですか、朝比奈です。
8月という月は、私たち日本人にとっては特別な思い入れのある月です。先の大戦で亡くなった日本人は300万人以上といわれますが、民間の非戦闘員を含めると実数はどれほどになるか見当もつきません。子供の頃古い農家などに遊びに行くと、大きな部屋の天井から出征姿の写真が何枚も額縁に入って見下ろしていて線香の香りがやたら漂っていましたが、あれが「鎮魂」の記憶なのでしょうか。
では、「魂」というのは一体何なのか、戦後表の世界では正当に論議されずに来てしまった感がありますが、今こそ定義づける必要がありそうです。
私どもは、エネルギー的治療の過程でさまざまな経験を積んでまいりましたが、生身の肉体から煙がモウモウと出たり、金粉が現れたり、エーテル体がかすかに見えたりすることは、もう日常的になっております。また、ある種の場所で光の柱のようなものやオーブが写真に撮影されたりすることもよくあることです。そして、それらは拡大していくと人の顔に見えたり、人の姿かたちをしていたりするのです。
ですから、肉体以外の何らかの存在があることは確かなのですが、それが物理化学的な分析の対象でないことが話を混乱させるのだろうと考えられます。理論的には、拙著「超次元パワー」をご覧いただきたいのですが、人の「魂」は大体ドッジボールかそれよりやや大きい球形で白っぽい形をしています。そして、「アップグレード」の力をもってすれば生者であれ死者であれその魂を呼び出すことが可能なことも、多くの方々の経験で判明しております。
また、「魂」には状態というものがあり、それはいわゆる成仏した温かなものから、イライラ・びりびりした冷たいものまでさまざまです。もし状態が悪ければ、それにパワーを送って改善できるのもこの力の特長であり、それこそが供養となり鎮魂であると申し上げられます。
遠い昔、巫女や神官は皆そのような能力をもつ人々だったのでしょうが、現代ではそれらは失われ、まさに「インストール」だけが唯一その力を回復する手立てとなるわけです。
では、来月またお目にかかりましょう。