変わらなかった医療

最初に自分の専門分野に近い医療について考えてみたいと思いますが、とにかく問題山積というしかありません。どこから手を付けていけばいいのか道筋も見えない状況ですが、無理に単純化して現代医療の”有効性”という点にしぼってみていきたいと思います。他の分野に比べて、そのサービスが人の生命に関わるということでとかく内容が不明瞭になったり、逆にファナティックになることを避けるための手法とお断わりしておきます。

図3‐1 患者数の推移

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出典:厚生労働省

 上の図は入院・外来の各患者数の推移を1965年から1996年まで示したグラフですが、1965年と1996年を比べると入院が1.9倍、外来が1.5倍に増加していることが分かります。ただ1965年当時と1996年では総人口が1.25倍、平均寿命が男性で10年、女性で12年近く伸びていますので、それらの要因で概略の補正をしますと1.44倍までが自然増の範囲となるわけです。すると厚生労働省がいう”高齢化が要因”というのは外来では当てはまりますが、入院ではそれをはるかに上回ることがお分かりいただけると思います。ただそれも、”高齢者の増加が件数を押し上げる要因になっている”、といわれれば確かにその通りと言えるでしょう。

図3‐2 患者数の推移

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出典:厚生労働省

 そこで今度は、国民医療費の推移で1980年と2006年をみてみますと、2006年は2.7倍以上に膨張していることが分かります。先程の人口・寿命の伸びで補正すると1.18倍、この間の消費者物価指数を考慮しても1.5倍程度ですので、明らかに自然増や人口の高齢化では説明不能であることが分かると思います。そして、厚労省の予測によりますと国民医療費は今後も急上昇を続け、まもなくGDPの10%を超えるとされています。

まぁ、これが物やサービスを売る一般の企業を論じるなら、”市場規模の拡大を上回って付加価値を付けた”と賞賛されるべきことなのでしょうが、医療の分野では”病気を治し命を救う有効性”が低下したとされても仕方がないのではないでしょうか。事実、1980年と1990年を比べて、数字を押し上げている要因を疾患別に見ていくと、腫瘍・糖尿病・脳梗塞や心筋梗塞・アレルギーや精神神経系疾患など、慢性化して治りにくい病気で占められていることが分かります。特に腫瘍では、1980年比3.8倍と医療費が膨らんでいますが、その内容としては延命治療が多くなっているだけであることが身近な経験からも推測できるのではないでしょうか。

ではその腫瘍を当事者はどう考えているのか。大阪府医師会のホームページを閲覧すると、5年相対生存率が治ったか否かの指標であり、ガンの特類によっても異なるが平均すると4割が治るとされています。但し白血病・肺ガン・食道ガン・膵臓ガンなどではこの生存率が20%を切っているようで、結局4割が治るということは6割は助からないということなのです。

そこでもう一人、慶応大学医学部放射線科講師近藤誠氏の主張をみてみますと、
(1) ガンの手術は基本的にしない方がよい。
(2) ほとんどのガンに抗ガン剤は効かない。
(3) ガンの検診は無効である
の三点となります。専門家の間ではタブーとなっていた、ガン治療に関するさまざまな情報を一般人にわかりやすく提供したという点で、氏の「患者よ、ガンと闘うな」は勇気ある本だと申し上げられます。

こうしてみてくると-少なくとも三大成人病をはじめとするような慢性疾患に関しては-、現代医学の手法はあまり有効とはいえない、少なくとも一部は無効なものもあると結論できると思います。では何故国民医療費は膨張を続けるのでしょうか。医療の”質”が以前と比べて高くなったなどというのが当たらないのは経験から明らかですので、健康保険制度に問題がないのかをみていきたいと思います。

制度的な特徴としてわが国の健康保険は、
(1) 乳幼児から老人までの皆保険である
(2) 診療内容や料金が一律に決められている
(3) 医療機関への支払いは出来高払いである
ことを特徴としています。本制度が国民すべてに行き渡った昭和30年代においては、確かに貧富の差に関係なく平等に医療を受けられることは大きな意義があったと思われます。当時は衛生状態も悪く結核などの感染症もまだ撲滅されておらず、栄養状態すら望ましい水準に達していなかったからです。

しかし高度経済成長が終了する頃までには日本人の疾病も様変わりし、伝染病や外傷などよりも三大生活習慣病や免疫異常などの慢性病が主たる対象になったのでした。この時19世紀的な局在病理説や特定病因説に基く現代医学の論理は破綻し、それと同時に健康保険制度に内在した欠陥が露呈してくるわけです。

一つは診療報酬が一律に決められているため、医療機関は何をしても(しなくても)その収入は一律だという点です。慢性疾患については代替療法がはるかに有効なケースもあるのですが、それは制度的に対象外とされてしまうため、医療従事者は診療報酬一覧しか見なくなってしまうのです。次に出来高払いも問題で、これは新米のヤブ医者に有利で、名医-これは一発で診療し適確な治療を施す-を作らない制度といえます。乱診、乱療をする医者が儲かり、名医は救われないことになるわけです。さらに皆保険という点も曲がり角にきているのが現状で、一人の若者が何人もの老人を支える構図は、”年金制度”とともに崩壊の一歩手前にあると申し上げられます。

では一人一人の医師たちはどうしているのかというと、制度的にがんじがらめで動きが取れない中、給与や所得は減っているのが現実です。製薬業界や医療機器といった周辺産業は水ぶくれし、医療を担う人材は枯渇している。それも”赤ひげ”タイプの人材はほとんど一掃されたのが我が国の現状ではないでしょうか。この間改革のチャンスがもしあったとすれば、それは1970年前後の学園紛争時だったと思われます。あの時学生たちは単なる処分撤回という手続的な問題を超えて、”病い”を日本社会の病理の顕在化と捉え、それに”全人的”に対処していく論理を把握しかけていたからです。しかしその試みは、権力構造としての講座制を守旧したい教授陣と機動隊によって挫折し、”白い巨塔”は当時のまま温存されてしまったと申し上げられます。

【参考文献】

世界経済のネタ帳
日本生活習慣病予防協会
日本経済新聞2010年10月24日朝刊
ボルマー&ヴァルムート著「健康と食べ物,あっと驚く常識のウソ」(草思社)
田中平三監修「サプリメント・健康食品の『効き目』と『安全性』」(同文書院)
福岡伸一「生物と無生物の間」(講談社現代新書)
赤祖父俊一「正しく知る地球温暖化」(誠文堂新光社)
オープンコンテントの百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日経電子版2009年11月26日
産経新聞2003年6月22日
【2010年ビルダーバーグ会議・緊急報告】”主役”不在の今年のビルダーバーグ会議。崩壊しつつある”グローバル・ガバナンス”の行方 (1) 2010年6月10日
農林水産省HP
ビジネスのための雑学知ったかぶり「日本の食料自給率は40%
財団法人エネルギー総合高額研究所HP
シフトムHP
近藤邦明「環境問題を考える
永濱・鈴木編「[図解]資源の世界地図」(青春出版社)
武田邦彦「温暖化謀略論」(ビジネス社)

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