ニーズのみの膨張(健康食品論)
前節で白い巨塔が温存されてしまったと申し上げましたが、その後遺症は学術用語、例えば解剖学用語が大学の閥により同一部位に異なる名称が用いられたり、学会-これも製薬会社等がスポンサーで無数にある-によって収集されるデータが異なることから、相対立する二つの説があったりという状況を生み出しています。例えばコレステロールに関しては、従来「日本動脈硬化学会」の”高いと心臓病リスクがあがりLDL140以上は脂質異常”とする見解が主流でしたが、「日本脂質栄養学会」は逆に”高い方が長生きするし大半の場合は治療薬で下げる必要はない”という見解を発表しました。第三者は”それが病人か正常人かで一律に適正値は決められない”とし、医療現場では混乱を来しているというのです。
国内の論争では決着が付かないようなので海外の文献を調べてみますと、
「異常に多く摂取すると、体は『ストップ』をかけ-(中略)-逆に体外からの摂取量が最低限を下回ると、体内での生産量がどんどん上昇します。-(中略)-このバランスはホメオスタシス(恒常性)と呼ばれます。人体にはこういう働きがある」
とのことでした。このドイツ人の著者によると、「塩分は血圧とは無関係」「アルコールを飲まない人の死亡率は、大酒飲みの死亡率と同じ」とされ、私の考えでは身体の恒常性や自然治癒力を重視するほうが、むやみやたらに対症療法薬を出すだけよりはマシだと思われます。
また医療における情報公開の遅れも、白い巨塔が温存されたことが大きな原因の一つといってもよいでしょう。インフォームドコンセントやセカンドオピニオンを求めることは他の業界では当たり前だというのに、現在も医療機関では主治医と対等に話すことさえできず、手術に際しては”同意書”を書かされ、処方された薬が何の薬か分からない患者がいっぱいなのです。不安な患者たちはこうして代替医療や健康食品業者の許を訪れるわけですが、有効性が今イチ明瞭でないにもかかわらず、健康食品などの市場規模は2兆円に迫り(2010年・富士経済調べ)、高齢化に伴いさらに拡大しているようです。
では一体それらは科学的にみてどうなのか。今手元にある資料で、よく広告で眼にする何種類かをチェックしてみますと、
・ウコン・・・・黄疽・肝胆嚢障害には科学的データ不十分
・コラーゲン・・・変形性関節症等には科学的データ不十分
・サメ軟骨・・・関節炎には科学的データ不十分
・ブルーベリー・・・白内障・緑内障には科学的データ不十分
という結果でした。もちろん有効なものもあるでしょうし、普通の食品でもある種の病気で推奨されるものもあり(例えば鉄欠乏性貧血とレバー等)、また漢方薬などとはどこで線引きするのかという問題もあります。しかし多くの健康食品が怪しいことは間違いなく、さらにある種の医薬品とは併用禁忌となるようなケースも出てくるはずです。にもかかわらず毎日毎日大々的に広告されていることは、読者も十分ご承知のとおりですが、一体マスコミや監督官庁の責任はどうなっているのでしょうか。
この問題については、中学や高校で習った理科の知識で充分答えが出せると思われます。つまり栄養素というものはすべて分子レベルまで分解されて-澱粉はブドウ糖・蛋白質はアミノ酸・脂肪はグリセリンと脂肪酸の形で-吸収され、それが血流にのって肝臓等に運ばれ、そこで自己のDNAに基づいて体構成物質となる。ですからブルーベリーが眼球に届くのでもコラーゲンが関節や肌に運ばれるわけでもなく、逆にこうしたシステムが体内にあるお陰で私たちはサメ軟骨を摂ってもサメになることはないのです。福岡伸一氏はシェーンハイマーの実験結果を手掛かりとしてこの一連の流れを考察し、個体というものは”分子レベルでは常に入れかわる動的平衡の賜として存在している”と述べています。
こうした視点に立つと、健康食品というものは「食品の機能的側面を強調するあまり、フードファディズム(偏執狂的な食生活)的側面がとても強い」と申し上げられます。またそれを飲んでいれば「食生活を改善したと錯覚させる点も看過できません。」私たちの思考回路は今再び「大本営発表」の頃のように、圧倒的広告宣伝の前に停止しているのではないでしょうか。
【参考文献】
世界経済のネタ帳
日本生活習慣病予防協会
日本経済新聞2010年10月24日朝刊
ボルマー&ヴァルムート著「健康と食べ物,あっと驚く常識のウソ」(草思社)
田中平三監修「サプリメント・健康食品の『効き目』と『安全性』」(同文書院)
福岡伸一「生物と無生物の間」(講談社現代新書)
赤祖父俊一「正しく知る地球温暖化」(誠文堂新光社)
オープンコンテントの百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日経電子版2009年11月26日
産経新聞2003年6月22日
【2010年ビルダーバーグ会議・緊急報告】”主役”不在の今年のビルダーバーグ会議。崩壊しつつある”グローバル・ガバナンス”の行方 (1) 2010年6月10日
農林水産省HP
ビジネスのための雑学知ったかぶり「日本の食料自給率は40%」
財団法人エネルギー総合高額研究所HP
シフトムHP
近藤邦明「環境問題を考える」
永濱・鈴木編「[図解]資源の世界地図」(青春出版社)
武田邦彦「温暖化謀略論」(ビジネス社)