統計のワナ(食糧自給率)
「昭和史再考」の「検証なき作戦」の中で、日本の軍部がいかに事実を歪曲し希望的憶測におぼれていったかをみてきたわけですが、この轍を踏まぬためにも私たちはこの国の食糧事情をまず確認したいと思います。新聞やTVでは低下する一方の食糧自給率に食の安全をからめて、”日本の農業を復活させろ” という論調が多いのですが、そこのところをもう一度考えてみたいと思います。
表3-9 主要国の食料自給率(カロリーベース)
出典:農林水産省
まず上の表3-9をご覧いただくと、確かに日本の食糧自給率40%は低く、狭い国土なので致し方がないのかなと思ってしまいます。馬場正博氏によると日本は狭いうえに山岳部が多く、国民一人当たりの”耕地可能面積”は仏0.03ha・英独0.1ha前後に対し、日本は0.03haという計算になるようです。ところがどこの国でもその耕地可能面積の中で実際に”農地”にしているのは、仏6%・独2%以下・英1%だけで、日本でもこれは8%であるとされます。この”実際の耕地面積”を国民一人当たりで比較すると、仏0.018ha・独と日0.002ha・英に至っては0.001haと、さ程変わらなくなり、これが自給率低下の要因ではないというのです。では何が問題かというと、農業人口が多すぎる点だと氏は主張するのです。そこで各国の農業従事者数を総人口で割った比率をみてみますと、日本の1.8%に対し英独は1%以下、自給率が122%と日本の3倍もある仏ですら1.2%しかありません。結局日本の農業は生産性が著しく低く、そのため経済的に農家が沈滞し後継者もいなくなり、結果として自給率も生産性もまた下がるという悪循環に陥っていると思われます。この過程で「日本の農業を支えたのは出稼ぎを含む兼業と国際価格から見て数倍に維持された米価」であり、「農業政策は『産業』としての視点を欠いたまま農業従事者への所得保障という面ばかりが強調され、結果として崩壊に向かっている」とされるのです。
表3-10 昭和40年以降の食料自給率の推移
出典:農林水産省
氏はまた、40%とされる自給率はカロリーベースの計算であり、生産高で計算するとこの数字は70%となるといいますが、両者の計算方法の違いはどこにあるのでしょうか。生産高ベースは国産食料金額を国産+輸入食糧金額で割ったものなので単純なのですが、カロリーベースというのはちょっとややこしくなります。分母は国民に供給されている食糧の全熱量の合計となり、ここには「国産」と「輸入」の全カロリーが含まれるのですが、このすべてが国民の健康を維持するうえで必須なカロリーではないこと、つまり家庭や小売店・外食産業などで廃棄されるカロリーも含まれていることが問題なのです。近年の廃棄量は分母の構成比で約30%にもなり、食糧安全保障などという差し迫った状況ではないといえます。さらに分子を計算する際にも問題があり、畜産物、たとえば鶏卵の96%は国産ですが飼料を輸入しているため5%とカウントされる一方、同じく肥料等を輸入に頼っている穀物などは国産の数字のままというお粗末な計算といえます。さらに農家が野菜や果物など付加価値の高い分野へシフトした場合、生産高ベースの自給率が上がるにもかかわらず、カロリーベースでは低下してしまうという結果を来たすわけです。
結局40%とされる日本の食糧自給率は穀物にのみ比重をおいた考えであり、これが時勢にそぐわないのは米からパンやスパゲティに変われば変わるほど自給率が低下することから容易に分かることではないでしょうか。馬場氏は「農業政策が失敗し国際競争力の低い、日本の農業を守る根拠の一つが食糧自給論」だと主張しています。また、自給率が低いため食糧が得られなくなるのではないか、輸入がストップしたらどうするかというセンセーショナルな議論は全くばかげており、自由経済の論理を適用すれば、仮に食糧が不足した時もっとも困窮して来たのはお金のない生産者だったのではないかというのです。
確かに、食糧事情が悪いとされる北朝鮮からですら松茸やウニが入ってくることを考えると説得力のある主張と思われますが、一方「米は日本の文化」「米作は環境維持に必須」という人々もいることについては、「農業は人間の生きる源を作る」という特別な意味は認めながらも、「農業は心の問題」といってしまえば宗教と変わりない。「農業に対し特別な思いがある」という人々も、自分で農業をやろうとする人がほとんどいないのは、生産性が低く将来性がないからである。やはり「産業」として考え経済原則に任せるのがベストであるということになるのです。
こうして食糧自給率向上は無意味な政策とされるわけですが、向上するにしろ低下するにしろ現在の日本農業が石油漬けになっている以上、最終的には原油自給率が農業を決めるのだとされるのです。そこで私たちは次にエネルギーの問題へ進みたいと思います。
【参考文献】
世界経済のネタ帳
日本生活習慣病予防協会
日本経済新聞2010年10月24日朝刊
ボルマー&ヴァルムート著「健康と食べ物,あっと驚く常識のウソ」(草思社)
田中平三監修「サプリメント・健康食品の『効き目』と『安全性』」(同文書院)
福岡伸一「生物と無生物の間」(講談社現代新書)
赤祖父俊一「正しく知る地球温暖化」(誠文堂新光社)
オープンコンテントの百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日経電子版2009年11月26日
産経新聞2003年6月22日
【2010年ビルダーバーグ会議・緊急報告】”主役”不在の今年のビルダーバーグ会議。崩壊しつつある”グローバル・ガバナンス”の行方 (1) 2010年6月10日
農林水産省HP
ビジネスのための雑学知ったかぶり「日本の食料自給率は40%」
財団法人エネルギー総合高額研究所HP
シフトムHP
近藤邦明「環境問題を考える」
永濱・鈴木編「[図解]資源の世界地図」(青春出版社)
武田邦彦「温暖化謀略論」(ビジネス社)